会津遠征[5]飯盛山、さざえ堂

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場所

いよいよ会津遠征の最終日。
台風が近いので、さざえ堂に寄って早めに帰路につきます。

さざえ堂は今回のツーリングで一番行ってみたかった場所です。
本当は初日に寄ろうと思ったのに何事も予定通りにはいかないものです。

この日は深夜から雨が降りはじめ雨天走行を覚悟しました。
しかし出発時間になると上手い具合に雨があがってくれました。

飯盛山

ツーリング中ずっと天気が悪かったけど、今回は走行中に一度も雨に降られなかったのは幸いでした。

猪苗代湖を出て、さざえ堂のある会津若松市街へ向かいます。会津はどこ走っても気持ちいいです。

飯盛山入り口。体力を失いたくなかったら250円払って階段脇のエスカレーターで登った方がいいです。

エスカレーターを乗り継ぎながら山の上へ。これがないと、とてもでないけど年配者は来れませんよ。

この階段を見て下さい。アスリート系の男子でもフヒフヒ喘いじゃうとか。(土産物屋のオバハン談)

白虎隊士の墓

こちらは白虎隊隊士のお墓です。ツアー客の集団が説明を聞いてたので、ゆっくり見れませんでした。

なぜか飯盛山にローマ記念碑が。ムッソリーニの時代に送られた物らしい。凄い物が残ってますね。

説明にある鉞(ファスケス)は案の定、進駐軍の命令で撤去されてしまったらしい。もったいない。

広場から階段を降りていくと白虎隊集団自決の現場がある墓地に辿り着きます。おいたわしや(合掌)

白虎隊の慰霊碑。状況が掴めないうちは判断を急がない方がいいというのが白虎隊の教訓でしょうか。

切腹現場のある山腹から鶴ヶ城が見えるそうです。遠いので肉眼ではちょっと分かりにくいかも。

写真中央に御城が。めいっぱいズームしても遠い。望遠レンズ越しでもなんとか見えるレベルです。

白虎隊の生き残り、酒井峰治の像。飯沼貞吉とかは昭和の時代まで生きてたと昔、説明を聞きました。

さざえ堂

ようやくさざえ堂へ。昔、家族旅行で一度来た事があるのですが、変わった建物が好きなのです。

ここにも白虎隊の御堂があります。昔はもっと静かだったような。観光客も多いような気がします。

崖の上を見上げると、とんでもない場所に建物が。これはシン・さざえ堂でしょうか?(違..

こちらが本物のさざえ堂(三匝堂さんそうどう)です。世界的にも珍しい二重螺旋構造の御堂です。解説はこちら

造作も見事な御堂の入り口です。さすが重要文化財。拝観券はこの目の前の建物で売ってます。

昔は通路に沿って観音像が何体も祀られていて、一巡りするだけで三十三観音参りが出来たとか。

足元は階段ではなくスロープでした。天井は思ったより低い。子供の頃はもっと高く感じました。

思った以上に中をぐるぐる歩きます。最上階にある橋?を渡って下りの螺旋階段へ移動します。

天井。なんとなくパニアのステッカーを連想しましたが、日本人は昔からこうなんですね。(^^;

それにしても重要文化財なのに土足でいいんでしょうか。ちなみに地元千葉の笠森観音は土禁です。

補修跡があるものの、木造建築なのに二百年以上も経ってるとは思えないくらいしっかりしてます。

六本の心柱と六本の隅柱で建物を支えてます。構造躯体は現代の高層ビルのチューブ構造と同じです。

これは消防検査をパスするため無理やり設けた避難用ハシゴなのでしょうか? 飾りではないです。

出口。それにしてもストロボ忘れたのは失敗でした。建物に入る時はカメラに付けときましょう。

階段を降りると駐車場方面へ。こちらの方は昔の記憶の通り木陰がいっぱいあって落ち着きます。

下の方にも神社など色々あります。水が流れてて庭園のようになってます。ここも観て回りました。

裏側の入口です。こちらから回れば、さざえ堂まですぐでした。しかし付近に駐車場がありません。

感想

やはり観光は時間を使います。
ちょっと見て帰るつもりだったのに予定よりも長く居座ってしまいました。

飯盛山は意外と広く、登ったり歩いたり体力を消耗しました。
これから千葉へ帰るというのにバイクで走るより疲れました。orz

それでも記憶の奥底にあったさざえ堂を再び目に出来たのでよかったです。

あと、なぜか土産物店に新選組グッズが。
白虎隊と混同してるのかと思いましたが……。

私が不勉強でした。(^_^;;

そうこうしてるうちに時刻はすでに午後2時。
昼には会津を発つつもりだったのに、早く帰らないと台風が来てしまいます。

でもまだ昼御飯を食べてなかったので喜多方ラーメンを食べてから帰る事にしました。

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